「気持ちがいい」について。神田橋條治『精神科養生のコツ』より

 神田橋條治先生は精神科の医師であり、著書がたくさんあります。そしてとても知恵のある人、工夫をする人です。その主要な著作の一つに『精神科養生のコツ』があります。神田橋先生は養生のコツについて一番大切な基本が「気持ちがいい」という感じをつかむことだといいます。今どうすれば「気持ちがいい」のか、ということを知っておくことが大切だというのです。これはその時々の状況によっていろいろあって、変化もします。今すぐに実行できることもあればできないこともあります。実行できることは試しに実行してみて、何が気持ちが良いのか試してみるのがよいでしょう。こういった試みを繰り返して練習することで、どうすれば「気持ちがいいか」をより正確に知ることができるようになります。

 これは気持ちがいいことを増やすのが目的ではありません。苦しいこと、辛いこと、嫌なこと、疲れることをやってこそ、目標が達成されたり、鍛錬されたり、人間の深みが増したりします。これも人間としての優れた能力の一つです。しかし、多くの人が、知らず知らずにこちらに傾きすぎてしまう傾向があります。「・・・したい」を無視して「・・・すべきだ」に偏りすぎてしまいがちです。これはうつ病になってしまうことの一つの重要な要因でもあります。どうすれば「気持ちがいいか」を知りつつ、本来の自分がどのような状態であるのかを把握しながら、やるべきことをやっていくことが大切です。

 気持ちがいいとは、たとえば、体全体がなんだか楽である、すっきりしている、調子がいい、といったようなことを指標にするのもよいでしょう。

 

 ちなみに大正時代に森田正馬(もりたまさたけ)という慈恵医科大学の精神科教授が考案した森田療法があります。これは現代でも引き継がれている日本独自の精神療法です。この精神療法の基本的な考え方は「あるがまま」と「なすべきことをなす」です。不調の時期には「あるがまま」「なすべきことをなす」の両方とも出来なくなります。不調になる前は、「なすべきことをなす」を重視しすぎる人が多いです。そして「あるがまま」が乏しいか、あるいは、一体「あるがまま」がどのような状態なのかわからなくなっていることが多いようです。「なすべきことをなす」のも大変ですが、「あるがまま」を知ることも難しいです。でも両方ともが不可欠であり、どちらが欠けても立ち行かなくなります。